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浪 漫 書 簡

昼寝とロックンロール

クールなやつに憧れてたけど、全然そうじゃねぇって思った話

昔から、感情に変化が現れるたびにそれを素直に表にだして喜怒哀楽を表現してきた。要するに「素直」なんですね。でも、そんな人間を何年かやってると感情をストレートに表現しないヒトに対して憧れを抱く時が出てくる。俗っぽく言うと、「クールな人間」がめちゃくちゃかっこよく見えてくる。

そういう思い出って結構多い。

特に、高校時代とかはそういった憧れが強くて、半ば無理やりクールに過ごしてた時期もあった。テストの点数がよかった時でも、友達の前ではクールに演じ、「点数は見せるとカッコ悪い。見られるからカッコいいだよ?」みたいな感じで気取ってた。

あとは、自分の中になにか語りたいアッツいものがあるとき。昔はそれを人前で惜しみなく語って快感に浸ってた。けど、あるとき普段は語らない友達がぽろっと語り出したときに、そのかっこよさに震えるくらい感動した夜があって。そのときから、自分の内面を表現しないかっこよさに憧れを抱き始めた。

最近では、俳優の新井浩文にハマってまして彼もその類の人間なんだと思うんですよ。

ある番組で、一緒に飲んでる役者が語り始めても、彼はそれを聞いてるだけで自分のことは全く語らないんです。それがまた痺れるくらいかっこよくて。

いますよね、そういう人。でも、彼がかっこいいのは、語りませんオーラを出してないところなんですよね。隙を見せないというか。

hirotosaito.hateblo.jp


とまあ、上のようなことを最近までずっと思ってたんですけど、昨日こんな記事を読みまして。

「生き方が面白い人」が紹介されてるの見ると、だいたい俺のが面白い生き方だなあって思う。

 くいしんさん(@Quishin)のブログ。

この記事がいいたいのは、どんな些細なことでもいいと感じたらそれらを全部肯定して、「おれってこんな面白い生き方してるんだよねぇ」って他人に言ってもいいじゃんって話。

ぼくが他人に感情を素直に表現できない原因って、自分のやってることに自信がないからなんですけど、この記事の言うとおり、週末に好きな映画を見たり、チャリで堤防を爆走したり、そんな生き方でも肯定してあげて「面白い生き方だろ?」って誇ったらいいじゃんって思えたんですね。くいしんさんいつも最高っす。

だから、自分がおもろいとかかっけええと思ったらみんなの前で高らかに、軽く叫んでやればいいじゃないですか。って感じの午前9時30分。頭が割れそうなくらい痛い