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浪 漫 書 簡

昼寝とロックンロール

「満たされることなんて一生ないんだからさ」って思ってた

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「生きてる間に全てが満たされるなんてことはねぇんだから、『満たされない』という前提を受けいれることが大事だと思うんだよね」と、いままでそう言ってきました。ただ、灯台もと暮らし 編集長の佐野ともみさんのnoteを読んでたら、「自分が思ってたことは綺麗事なのかな?」と揺さぶられた。「全てが満たされることはないと諦めていた自分が、佐野さんに『諦めてるの?』と言われた気がした」きょうはそんな話です。

『諦めること』と『前提を受け入れること』は別物


「ここではないどこかへ」という私の病と原動力|佐野知美|note
それでもなぜ、まだ満たされないんだろう。なぜまだ「これ以上のなにかが」と思ってしまうんだろう。「ここではないどこかへ」と思い続けても、思うだけではもうどこにも辿りつけない。
「それでもなぜ、まだ満たされないんだろう。」
「人生における充足」に対して僕が抱いてる警戒心の原因は、たぶんこの言葉の「虚しさ」を2度と味わいたくないからだと思います。「どうしようもないこと」をしっかりと受け入れることはとても大事だと考えてて、「満たされない」というあの辛い気持ちを何度も味わうより、割り切ってしまったほうが楽なことも大いにある。「すべてを満たすことはできるよ」という言葉を綺麗事として捉えていました。自分の姿勢はいわゆる「逃げ」ではなく、正しいことだと自分に言い聞かせていた節があったかもしれない。

ただ、佐野さんは違うような気がしました。『「全てが満たされることなんてない」ってことくらい分かってる。ただ、そんなところで終わるのは御免だ!』みたいな気合いが、葛藤するこの文章の奥でメラメラ燃えていたように思えました。
確かに、“全て”を満たすことは難しいと思います。ただ、それが不可能かもしれなくても頂点に向かって頑張ったり、もがいたりすることは全てを満たすことより大切なんじゃねえか?と思ったり。
『諦めること』と『前提を受け入れること』は別物なんだよ、ということを学んだのかもしれません。道中、もう2度と味わいたくない失望ってのはあるけど、逃げないほうがいい時もあるよな。いまはそんな気持ちです。

久しぶりにこんなにエモいこと考えていたら、どっかで聞いた矢沢永吉の言葉を思い出したので、それでこの取り留めもない文章を締めたいとおもいます。(笑) 
みんな、金持ちなりたくねぇの?なりたいんでしょ?本当はそうなりたいのに、なんで我慢してまで何もせずに諦めるの?全部達成しようと頑張ってみればいいじゃん。
そう、そんなかんじです。


(引用について、言葉の正誤があると思いますが、筋は間違ってないと思います。イメージだけでも伝われば、というスタンスです)