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浪 漫 書 簡

昼寝とロックンロール

小沢健二「僕は思う!この瞬間が続くと!」なに1人でテンション上がってんねん

 きょう青山ブックセンターで、いつものようになんの目的もなくふらふら本を見回ってたら「タモリ学」って本を見つけて、椅子に座って読んでみた。

 

タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?

タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?

 

 

まず、タモリさんの印象を適当に乱暴にいうと「可笑しい」だった。音楽全般を良しとしなかったり、笑いの焦点が他の芸人と異なってたりしてね。少なくとも俺には「奇怪」という意味での「おかしさ」は湧かず、モノに対する視点が俺と少し似てるところがあって「あぁ、分かるかも(笑)」みたいな「可笑しさ」があった。

 心の表面的な所ではなく、心の奥のさらに隅っこでの共感が多くて、特に「絵を描くことが好きだ」という流れの中で共感は強くなった。下の言葉。

自分でうまく絵を描こうとすると、うまく絵を描こうとする意識や、ある種の表現欲といったものが出てしまうし、そうした欲求があること自体が嫌になってしまう

引用した言葉は特に共感できて、広い本屋の片隅で1人で面白がってた。

 「タモリさん好きなんだよね」って友達に切り出すほどでもないし、沢山あるであろう彼のエピソードもほとんど知らない。それでも、暇があればYouTubeで「ヨルタモリ」は見てるし、今日みたいになんにも考えずに本棚を眺めてる時にも彼の本が目に留まったりする。無意識にタモリさんに魅了されてるのかも。ほんと、不思議な感じ。

でも、きょう書いておきたいことは、本に出てきたタモリさんと小沢健二のエピソード。

「小沢健二」と無機質に呼び捨てる理由は、彼のことを詳しく知らないし、今のところ強い想い入れもないから。「フリッパーズギター」って名前は知ってて「オザケン」って呼び名も知ってはいた。それで、コアな音楽ファンからも支持されており、今年のいつだったか、彼が久しぶりにライブをするとなり界隈が盛り上がったことも知ってた。ただその時は、彼の音楽を聴こうとさえせず思いっきり素通りしたのね。

それでも、今日彼についてこうやってブログを書く理由は「世にある音楽に対して否定的な態度を採っているタモリさんに『本当に凄いんだよ、あれ』と言わしめる曲を書いた男」だったから。

その曲が『さよならなんて云えないよ』。


小沢健二「さよならなんて云えないよ」MV

 小沢健二の代表曲で彼の世代の人たちはみんな知ってる曲なんだろうけど、俺は全く知らなかった。そんな歌の一節をタモリさんが絶賛してたわけ。下の歌詞。(絶賛してたエピソードもかなり有名っぽいね)

左へカーブを曲がると 光る海が見えてくる 僕は思う! この瞬間が続くと! いつまでも

この歌詞の「僕は思う!この瞬間が続くと!」の一節をタモリさんが「全生命の肯定ですよ」と評し、それを聞いた小沢健二も「本質的な評価をしてくださって光栄です。ほんと嬉しいです…」と感激しきりだった。

 でも、俺にはタモリさんの言ってる意味が1ミリも分からなかった。さっぱり分からん。本の中でタモリさんに共感できる部分が多かったのに、ここだけはさっぱり分からなかった。「なんとなく分かる」って感覚すら湧かない。なんで「僕は思う!この瞬間が続くと!」ってとこだけテンション上がってんねん。

青山ブックセンターから渋谷、副都心線、最寄りから家。そして家での2時間。この間ずっと考えてたけど、タモリさんの言ってる意味がさっぱり分からん。ネットの考察を見ても何ひとつ腑に落ちるものがなかった。

勘の良くない人でも分かると思うけど、今回はオチが皆無のエントリだ。

ただ、この疑問にヒントが欲しい。その一心でダラダラと書いた。なんなの、タモリさん。「全生命の肯定」とか、なんなのマジで。

なんかすんません、今日はこんな感じです。